お手紙とか距離感とか

急に書きたいことができてしまって、いつぶりかのブログを書き始めている。

 

というのもことの発端は今日、2024年3月4日に送られてきた、私が応援しているアイドルからのプライベートメール(俗に言う「プラメ」)だ。

仕事の休憩中に送られてきた大好きなアイドルからの一通のプラメ。

殺伐とした環境の中で身を粉にして働く私にとって、その一通のプラメはまるで砂漠の中に浮かぶオアシスかのように、

私の心を癒してくれるものだった。

 

数分の休憩時間で、味のしない食べ物を忙しなく胃に流し込みながら開いたメールには、

応援してくれるファンへの感謝の気持ちが綴られた手書きのメッセージ写真が添付されていた。

SNSなど数ある簡素で便利な発信方法が確立された今、

わざわざ手書きで文字を書いて想いを伝えてくれるその優しさと温かさに、胸がいっぱいになってしまった。

 

私は手紙、ファンレターを書くことが好きだ。

思えば初めてファンレターを書いたのは6年ほど前だったと思う。

当時好きだったアイドルが出演する舞台の劇場で、レターボックスにファンレターを出したのが最初だった。

数十人のアイドルが出演する舞台。千人キャパの劇場。

観に来るファンのうち、何人がファンレターを出していたかはわからないけれど、

数百人ファンレターを出したうちの、数枚だとしても、

ボックスの中から、今日のあなたのファンレターはこれだけあったよ、と渡されるファンレターの束を見て、

自分を応援している人がこれだけいるんだ、という自信につながってくれたらいいな、

例え読んでもらえなかったとしても、その束の中の一通になれば、と思って出したのがきっかけだった。

 

それにファンレターやお手紙って、かなり気合いを入れないと書けない。もしかしたらこれは私だけかもしれないけど。

相手のことを考えて、読みやすく、丁寧に、時間をかけて紡ぎ出した文章は、

きっと読み手にも伝わるものがあるのではないかなと。

 

とまあこんな感じで、プラメを読みながら、

ファンに感謝を伝える方法として、手書きの文章を選んだ彼のことがより一層大好きだと思いに耽っていた。

 

アイドルを応援するスタンスは人それぞれだと思う。

自分を見て気づいて欲しい。ファンサが欲しい。認知してもらいたい。

パフォーマンスから元気をもらいたい。

成長を見たい。

もっともっといろんなスタンスがあるはずだ。

最近私は応援スタンスに、自我を持ちすぎてしまったという自覚がある。

見て欲しい、気付いて欲しいに気持ちが傾きすぎてしまうと、どうしても期待してしまった分得られなかった時のギャップが大きく、疲弊してしまう。

またかなりの確率で充足感を得られないことが多いため、大好きなはずの推しを見ていても疲労が勝ってしまうこともしばしばだ。

そして推し方を人と比べて、また一喜一憂する。

 

そんな日々が続いていた一方で、

何だか今日、もう良いんじゃないかと思ってしまった。

彼から送られてきたメールがきっかけで考え直した。

あの頃読んでもらえるかもわからないファンレターを自己満で出していた気持ちを思い出した。

私は自分の応援のスタンスをもう一度見つめ直す必要があると思う。

一生交わることのない彼らを応援するものとしての、距離感を考えながら、

自分自身を省みるきっかけになったと思う。

自分にとって、アイドルを応援するうえで大切にしたいことはなにか。

これからも忘れずにいたい。